糖尿病

どんな病気?

 糖尿病は、インスリン作用の不足により慢性の高血糖をきたし、病気の期間が長くなると特有の合併症(網膜症、腎症、神経障害など)を生じ、動脈硬化も促進される病気です。

 背景には遺伝素因があり、これに環境因子が加わり発病すると考えられます。

 最近の調査では、HbA-1cが6.1%以上と糖尿病が強く疑われる人が全国で690万人に達すると推定されています。糖尿病のこわさは、自覚症状がないうちに10‐20年で顕在化する合併症にあり、網膜症による失明者は毎年3,000人、腎症による尿毒症のため血液透析に新たに導入される患者は毎年8,000人を越えています。

分類 

糖尿病は、
インスリン依存型(insulin dependent diabetes mellitus;IDDM)、
インスリン非依存型(non‐insulin dependent diabetes mellitus;NIDDM)

に大別され、そのほかに、内分泌疾患や遺伝子異常にもとづくことが明らかなその他の糖尿病、妊娠中に発症する妊娠糖尿病(鵐妊婦の糖尿病の項を参照)があげられます。

 わが国の糖尿病の大部分はNIDDMであり、インスリン注射による治療をしなくともケトーシスには至らないタイプの糖尿病です。これは、自己の膵β細胞からのインスリン分泌能がある程度保たれていることの反映です。したがって、経口糖尿病薬で治療することが多いです。

 しかし、NIDDMでも良好な血糖値のコントロールのためにインスリン注射を行うことは少なくありません。

 一方、IDDMでは、膵β細胞が著明に減少しているためにインスリン分泌がほとんど枯渇しており、インスリン注射なくしてはケトーシスさらには糖尿病昏睡に陥るタイプです。すなわち、生命がインスリン注射に依存しているタイプです。

 最近の糖尿病患者の増加はNIDDMの増加であり、近年のライフスタイルの変化、すなわち、肥満や過食、運動不足などにより、インスリンの効果が減弱する(インスリン抵抗性)ことを反映していると考えられますが、もしインスリン分泌障害がなければ、インスリン分泌の増加でインスリン抵抗性を補いうると考えられます。すなわち、NIDDMでは、インスリン分泌障害とインスリン抵抗性の両者が病態に関わっており、個々の患者でそれぞれの寄与は異なっています。

診断

診断にあたっては、糖尿病か否か、糖尿病のタイプ、現在の血糖値の状態、糖尿病合併症の状態、をまず把握します。さらに、患者の生活や考え方なども理解することが治療を進める上で重要です。

(1)症状としては、高血糖に基づく症状と、合併症に基づく症状とに、分けて考えるとよいでしょう。前者として、口渇、多飲、多尿、易疲労感、体重減少などがあげられます。悪心、嘔吐、腹痛は、ケトアシドーシスの時に生じることがあり、消化器疾患と誤らないよう注意が必要です。発症様式(急激か緩徐か)、体重歴、糖尿病の家族歴、巨大児分娩や流産などの出産歴なども参考になります。

(2)糖尿病が疑われたら、まず血糖値を測定します。

 空腹時で140mg/dl以上、随時(非空腹時)で200mg/dl以上なら、糖尿病と診断してよいでしょう。

 この基準を満たさないときには75g経口ブドウ糖鵑負荷試験を行い判定します。血糖値が空腹時で110mg/dl以上、随時で160mg/dl以上、あるいはHbA-1cが6.1%以上なら、糖尿病を強く疑います。

(3)糖尿病のタイプとして、内分泌疾患、膵疾患、遺伝子異常に基づく糖尿病(難聴を伴うものもある)など、その他の糖尿病(特殊な糖尿病)をまず鑑別する。発症が比較的急激な患者ではGAD抗体を測定します。すでにインスリン注射による治療を行っている患者さんがインスリン依存型か否かについては、血中Cペプチド値が、空腹時で0.5ng/ml未満、あるいは食後で1.0ng/ml未満、入院患者さんであれば、尿中Cペプチド排泄量が10μg/日未満は、インスリン依存型と考えます。

 NIDDMでは、ある程度保たれている内因性インスリン分泌が調節してくれるおかげで、血糖コントロールは比較的容易です。

(4)合併症については、

 糖尿病網膜症が既に存在している患者さんでは、急速な高血糖の是正はさけます。特に低血糖を起こさないように注意します。網膜症の急速な進展を引き起こすことがあるからです。

 神経障害については、知覚障害やアキレス腱反射などに加え、起立性低血圧などの自律神経障害も注意する必要があります。

 腎障害が進んでいる患者さんでは、経口薬やインスリンの代謝が遅くなるので、過量にならないよう注意が必要です。

診断

病態、病型の把握のための検査

 血糖値、75g経口糖負荷試験、HbA-1c(フルクトサミン、1.5AG)、空腹時IRI,血中Cペプチド(空腹時あるいは食後)、尿中Cペプチド、血中コレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪、遊離脂肪酸(FFA)、血中ケトン体、尿中ケトン体。

合併症の把握のための検査 

 尿タンパク、尿中微量アルブミン(尿タンパクが試験紙法で陰性の時)、眼底検査(眼科にて)、糖尿病専門外来で行う検査として、神経伝導速度、振動覚検査、心拍数変動検査、頚動脈超音波検査、脂肪量測定など。

予防は?

 

治療は?

1、基本方針

 糖尿病治療の目標は、将来おこりうる合併症、あるいはすでに存在する合併症の進展の阻止・遅延にあります。患者さんのその場の自覚症状の改善のみを目標としてはいけません。網膜症などの細小血管症の発症進展防止には、血糖値は正常に近いほどよいことが判明しており、血糖コントロールの評価の基準を表にあげます。さらに、高血圧は糖尿病性腎症の進展を、高脂血症は大血管症(動脈硬化)の進展を促進します。したがって、血糖値ばかりでなく、糖尿病に合併しやすいこれらの疾患(病態)の是正も行わねばなりません。さらに、これらの病態の背景にはインスリン抵抗性が大きく関与していると考えられ、食事・運動といったライフスタイルの見直しが重要なゆえんです。

 以下には主に血糖値のコントロールについて述べます。しかし、糖尿病を取りまくこのような背景を視野に入れて治療にのぞむことが、糖尿病患者の長期予後の点で重要であり、血糖値のコントロールだけが糖尿病の治療ではないことを強調しておきます。

2、治療の手順

 糖尿病の大部分をしめるNIDDMでは、治療の基本は、食事療法、運動療法にあります。それでも良好な血糖コントロール(表参照)が得られない場合に薬物療法を開始するのが原則です。食事療法、運動療法を行わなくても、1、2年の血糖コントロールだけなら薬剤の投与とその増量で達成できる患者さんは多いです。しかし、5年、10年といった長期予後を見通した糖尿病の治療は、ライフスタイルの見直しなしに達成することはほとんど不可能であることを銘記すべきです。以下に、まず、経口糖尿病薬の解説と臨床現場での使用法の実際について、次いでインスリンについて述べてみます。

a)経口糖尿病薬の種類と特徴

スルホニール尿素(SU)薬

1)作用機構 膵β細胞に働いてインスリン分泌を増加させるのが主な作用であり、これによって血糖値を低下させます。血糖降下作用は一般には経口糖尿病薬の中で最も強力である。

2)禁忌 作用機構から明らかなように、膵β細胞がほとんど消失しているIDDMには効果がありません。他の禁忌としては、大きな外科手術時、重症の感染症、ステロイド投与時、重度の肝・腎障害などがあげられます。インスリン需要が大きく増大する時にはSU薬では十分にカバーができず、また、機敏な調節ができないからです。妊婦さんでは、胎盤を通過して胎児の膵に作用するので禁忌です。

3)副作用 過量により低血糖を生じ、しかも遷延することがあります。 4)種類と投与法 作用の弱い種類を1日朝食前1錠から始め、2〜8週間くらいで効果を見て増量するのが、低血糖を生ずる危険が少ない安全な投与法である。年余にわたる罹病による合併症を防止することが治療の目標であるから、十分な経験を積むまでは拙速を避けるべきである。増量する場合は、朝夕食前各1錠、さらに必要なら朝2夕1錠とする。薬剤の吸収と作用様式を考慮すると、食後投与で明らかに効果が減弱するとは考えられないが、できるだけ食前に投与するのが望ましいようです。グリミクロン、ダオニール、オイグルコンなどがあります。

αグルコシダーゼ阻害薬

1)作用機構 小腸に存在する二糖類分解酵素のαグルコシダーゼを阻害する薬剤である。この内服により食物中の糖類の小腸での分解・吸収を遅らせ、よって食後の血糖上昇を抑えます。内服を続けると空腹時血糖値も低下しますが、食後の血糖上昇を抑えるのが主な効果であり、HbA-1cの低下効果は1%までと考えたほうがよいです。すなわち、軽症の糖尿病で食後血糖値の上昇が高い例が最もよい適応です。

2)禁忌 消化管通過障害や腸管運動が非常に低下(たとえば、進行した糖尿病性自律神経障害)した患者さんでは禁忌です。

3)副作用 分解が抑制された糖類が腸管で発酵し、腹部がはったり、ガスが出やすくなったり、下痢なども起こしやすくなります。ただし、内服を続けていると数週で症状は改善されることが多いです。

4)種類と投与法 食前に内服しなければ効果は期待できない。グルコバイ、ベイスンがあります。少ない含有量の錠剤を1日3回毎食前1錠から始め、効果と消化器症状をみながら増量するのが一般的です。

ビグアナイド

1)作用機構 メトホルミン(メルビン)とブホルミン(ジベトスB)がある。インスリン作用を増強(インスリン抵抗性を改善)するのが主な作用であり、肥満をきたしにくいといわれています。したがって、肥満を伴うインスリン非依存型糖尿病が最もよい適応になります。臨床上、作用機構からは後述するインスリン抵抗性改善薬と類似していると考えてよいでしょう。

2)禁忌 重篤な副作用として乳酸アシドーシスがあり、肝腎心肺機能低下が高度の場合には投与は禁忌です。投与例では乳酸値を測定するのが望ましい。

インスリン抵抗性改善薬

1)作用機構 作用機構は必ずしも明らかでないが、肥満や運動不足などで生じるインスリン抵抗性を改善して血糖値を低下させます。検査値として簡便で信頼性の高いインスリン抵抗性の指標はありません。肥満したNIDDMが最もよい適応ですが、肥満のない患者でよい効果を示すこともあり、予測は難しいです。効果のある症例ではHbA-1c値で1〜2%、時にはそれ以上の低下が得られます。

2)禁忌と副作用 重篤な肝障害が報告されたので、肝障害例では投与しません。また、投与例では毎月の肝機能検査を行い、結果をすぐに確認します。軽度の貧血のほか、浮腫が特に女性に出現することがありますが、投与中止で回復します。

b)経口糖尿病薬の投与の実際

 治療薬の選択は血糖値だけで行うものではなく、個々の症例の特徴や治療の流れなどで異なります。

c)インスリン療法 適応 IDDMでは絶対適応ですが、経口糖尿病薬でコントロールできないNIDDMの場合や、SU薬が次第に有効でなくなった場合(SU薬の二次無効)にもインスリンを開始します。また、GAD抗体陽性のNIDDMでは、インスリンで治療したほうがIDDMへの進行を遅らせることができるとの報告があります。

インスリン製剤の種類と特徴

 現在は遺伝子工学によるヒトインスリンが使われています。作用時間から、速効型(皮下注射後2〜5時間でピークに達し、作用持続は6〜8時間)、中間型(6〜12時間でピーク、持続は24時間)、混合型(速効型と中間型を種々の比率で混ぜたもの)、持続型(ヒトインスリンの持続型は中間型より作用持続時間が少し長い程度)に分類されます。1ml 40単位と100単位の製剤があり、それぞれにあった注射器を用います。

インスリン療法の基本的考え方

 インスリン分泌には、食事とは関係なく持続的に分泌されている基礎分泌と食事などの際に分泌される追加分泌の二つに大別されます。IDDMでは両者とも欠如しているため、基礎分泌を中間型インスリンあるいは持続型インスリンで補い、追加分泌は速効型インスリンで補うことが必須です。一方、NIDDMでは病初期には基礎分泌は保たれており追加分泌の障害が主であるが、インスリン治療を必要とする病期では、基礎分泌もかなり障害されています。したがって、病初期には食前3回の速効型、病期が進めばインスリン依存型と同様の頻回注射法をとっても悪くありません。しかし、簡便さと患者自身のインスリン分泌にある程度の期待ができることを考慮して、インスリン値のいわば「底上げ」を目的として、インスリン注射が必要となった場合には中間型インスリンを朝夕2回(軽症なら朝1回)していることが多いです。

インスリン治療の実際

1)最大量の経口血糖降下薬でも血糖コントロールが不良で、外来で治療を開始するとき 食事・運動療法を行い、経口血糖降下薬を最大量まで増量しても、空腹時血糖値が160mg/dl以上、HbA-1c 8.0%以上を常に示す場合(病型としてはまだNIDDMである)には、患者さんの年令・社会生活などを考慮して(すなわち、合併症の進展などを考慮して)インスリン治療への変更を考えます。目標は表の「良」以上ですが、HbA-1c 7.1‐8.0%の「やや不良」程度でがまんしなければならないことも多いです。

患者さんへの説明

 内服薬ではコントロールできないほど自分のインスリン分泌能が低下していて、このままでは網膜症などの合併症が早期に出現(あるいは進展)する可能性が非常に高いので、インスリン注射でインスリンを加える必要があると説明します。

「一生インスリン注射をするのですか」との質問には、血糖コントロールがよくなれば膵臓からのインスリン分泌がある程度改善することがあるので、内服薬に戻せる可能性があると説明しています。実際にこのような場合もあり、糖毒性がとれたためと説明されていますが、多くの場合は内服薬に戻すことは難しいです。しかし、いったんインスリン注射を始めると、予想よりはるかに痛みがなく、代謝の改善とともに体調もよくなるので、内服薬にどうしても戻りたいという患者さんはほとんどおられません。開始にあたって、インスリンの量と時間、低血糖症状の説明とその対策(外出するときに砂糖ペットシュガーを持つなど)、医師の連絡先などを指導します。注射は食前30分前がよいでしょう。皮下注から効果が発現するまで少なくとも30分を要するからです。

処方例 下記のいずれかを用います。

1)ペンフィル30R または ヒューマカート3/7 朝食前8単位、夕食前4単位 皮下注

2)ペンフィルN または ヒューマリンN 朝食前8単位、夕食前4単位 皮下注  血糖の推移を見ながら、インスリンを1〜2週間ごとに2単位ずつ増減します。朝夕の比は2(3):1でよいことが多いです。インスリン必要量が少ない場合は朝1回でもよいが、1日量が20単位を越える場合には朝夕2分割とします。

2)初診患者で空腹時血糖値が250mg/dlを越え、やせてきており尿中ケトン体が陽性

処方例 ペンフィル30R または ヒューマカート3/7 朝食前8単位、夕食前4単位 皮下注  眼底検査を行い、3〜4日後に血糖をみて、インスリンを朝2単位(あるいは朝夕各2単位)を増量する。網膜症がある場合には、血糖値が改善傾向にあり、尿中ケトン体も陰性となっていれば、インスリンは増量しないで1週間後に再検査する。インスリン必要量は20〜30単位程度と考えられますが、急いで増量して低血糖を起こさないように注意が必要です。

3)中間型(混合型)インスリン量の調節とコントロール不良例への対応 中間型(混合型)インスリンのピークは投与後6〜12時間ですので、昼食前夕食前の血糖値は朝食前に皮下注射したインスリンの効果を反映し、朝食前の血糖値は前日の夕食前のインスリンを反映しています。このような考えで、インスリン量を2単位ずつ変更します。また、患者さんによって効果のピークと持続時間は異なるので、中間型、混合型、さらには混合比率も考慮して、インスリンの種類を変えてみるのも一法です。それでも血糖が安定せずコントロール不良なら、以下に述べるIDDMに準じ、各食前に速効型インスリンを投与します(強化インスリン療法)。

4)最大量の経口糖尿病薬でも血糖コントロールが不良であるが、朝夕のインスリン注射はできないとする患者の場合 経口糖尿病薬は継続して、下記を併用します。 処方例 ペンフィルN または ヒューマカートN 就寝前4〜6単位 皮下注

6)IDDM インスリン療法が絶対的に必要であり、基礎分泌と追加分泌をカバーするために1日4回(時に3回ですむこともあります)の頻回インスリン注射が必要です。少量の内因性インスリン分泌がまだ残っているIDDMでは、中間型インスリンの朝夕2回注射でもケトーシスを防止するくらいのコントロールはできるが、合併症の防止を見据えた治療にはなりません。また、患者さんには食事をしなくてもインスリン注射が必要であること、また、発熱時、食欲のないときなどのsick dayにどのように対処するかを十分指導します。

処方例 下記1)に適宜2)を併用します。

1)ペンフィルRまたはヒューマカートR 毎食前4〜6単位 皮下注

2)ペンフィルNまたはヒューマカートNまたはノボリンU(これにはペン型はないので、従来のインスリン注射器で) 就寝前4単位 皮下注  血糖自己測定(毎食前と就寝前)を行い、血糖値の推移に応じて、インスリン量を調節します。1日のインスリン必要量は0.5〜1.0単位/体重kgくらいであるので、目安とします。  また、時に午前3時頃の血糖値を自己測定させ、低血糖がないかを確認します。朝食前の血糖値が高いときは、就寝前の中間型インスリンが不足なのではなく、過量による深夜の低血糖のリバウンドで上昇している場合があるからです。

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