食中毒の実際

どんな病気?

●食中毒は食品に付着増殖した原因菌、またはその産生する毒素を食品とともに摂取しておこります。

食中毒が疑われたら、詳しく症状を観察し、ご家族や食事を同席した人に同様な症状の方がいないか、原因食品の推定を行い、症状が強い場合はすぐ医療機関を受診しましょう。

●原因となる病原菌には

サルモネラ菌属(腸チフス菌およびパラチフスA菌を除く)
ブドウ球菌
ボツリヌス菌
腸炎ビブリオ
病原大腸菌
ウェルシュ菌
セレウス菌
エルシニア・エンテロコリチカ
カンピロバクター・ジェジュニ/コリ
ナグビブリオ
他にエロモナス・ヒドロフィラ、エロモナス・ソブリア、プレシオモナス・シゲロイデス、ビブリオ・フルビアリスなどもあります。

また上記の細菌に加えて食中毒の原因となるウイルスとして

小型球型ウイルス(small round virus:SRV) があります。

●疫学:食中毒が発生するにはかなり多量の菌量を要し、少なくとも10万〜100万個、多くの人が発症するには1,000万個以上を要するといわれています。

 一部の菌を除いてはヒトからヒトへの感染はまれです。ボツリヌス菌中毒以外は急性胃腸炎症状を呈し、しばしば集団発生が起こり、近年は外食産業に由来する1件あたりの患者数が多い大規模化の傾向がみられます。70〜80%程度は7〜10月に夏場に発生しています。

●発症様式:発症のメカニズムによって次のように分けられます。

感染型:

食品中に混入して増殖した原因菌が腸管内でさらに増殖し、その毒作用によって胃腸炎症状を発症するものです。

サルモネラ、腸炎ビブリオ、病原性大腸菌、細胞侵入性大腸菌、カンピロバクターなどによるものが含まれます。

中間型:

食品とともに摂取された原因菌が腸管内で増殖して毒素を産生し、胃腸炎症状を発症します(生体内毒素産生型)。

ウェルシュ菌、セレウス菌腸炎型、エルシニア、毒素原性大腸菌、腸管出血性大腸菌、ナグビブリオなどによるものが含まれます。

毒素型:

原因菌が食品中で増殖し、毒素を産生します(食物内毒素産生型)。この毒素で汚染された食品を摂取して発症するものです。感染型に比して胃腸炎発症までの潜伏期が短いのが特徴です。

ブドウ球菌、セレウス菌嘔吐型、ボツリヌス菌などによります。

主な食中毒の症状による鑑別の表を下に掲げます。

(上図をクリックすれば拡大されます。)

【1】サルモネラ食中毒

 腸チフス菌、パラチフスA菌以外のサルモネラに起因するもので、家畜や自然界の鳥獣の間に広く分布しているサルモネラが、卵、食肉などとその加工品を汚染して食中毒が発生します。1980年代前半から、鶏卵に由来するS. enteritidis食中毒の増加が欧米で問題となっていますが、わが国でも1989年以降S. enteritidisが首位を占めるようになり、鶏卵汚染との関連が注目されています。無菌的に採取した鶏卵内容物からは1万個に数個(0.01〜0.04%)にS. enteritidisが検出され、夏の方が検出率が高いです。鶏卵の中身、あるいは黄身のみを集めて冷蔵あるいは冷凍した液卵と呼ばれる業務用の鶏卵加工品が汚染されていると、調理時の温度管理不完全な飲食店などを中心に広域、大規模な食中毒が発生します。

臨床像:主病変は小腸、特に回盲部で、潜伏期は12〜48時間程度、主症状は発熱、腹痛、下痢で、しばしば血便を呈し、悪心、嘔吐を伴います。高齢者や基礎疾患のある者では菌血症を呈することがあります。

経過:本菌による食中毒は症状が強く、経過も一般に長い。発熱は38〜39 ℃で、1週間程度続くこともあります。下痢の回数は1日数回から10回以上、期間も数日にわたり、水様のことが多く、ときに膿粘血便のこともあります。

【2】腸炎ビブリオ食中毒

 海水中の食塩濃度(3〜4%)は腸炎ビブリオの増殖に至適で、本菌は海水中に存在し、ナグビブリオと異なり、真水中では生存できません。夏期に海水温が25 ℃を超えると魚介類の消化管、体表面に付着し、水揚げして魚介類が死ぬと、肉中に侵入します。真夏の室温中での魚肉中の本菌の増殖はきわめて旺盛で、短時間で発症菌量に達します。このため、暑い夏の時期に温度管理不良の海産魚介類から本菌による食中毒が多発します。

食中毒の原因菌は通常、耐熱性溶血毒を産生する神奈川現象陽性菌ですが、一部には陰性菌もみらます。

臨床像:主病変は小腸で、急性の胃腸炎症状を呈します。摂取菌量にもよりますが、潜伏期は数時間程度で、夕食に刺し身、寿司など生魚を食べ、深夜あるいは翌早朝に急激に発症するものが多いです。

主な臨床症状は激烈な腹痛と下痢で、悪心、嘔吐を伴います。下痢は軟便から水様便で、血液を混じることもあります。37〜38 ℃の発熱を伴うことも多く、一過性の血圧低下を認めることもあります。神奈川現象陰性菌の感染では発熱、粘血便、循環器障害はみられません。

経過:初期の症状は激烈ですが、経過は短く、食べた翌日の午後には症状は改善するものが多く、通常2〜3日で回復します。

【3】カンピロバクター食中毒

 家畜、鶏の腸管に高率に常在し、原因食品は鶏肉、動物の糞尿で汚染された地下水など。

臨床像:潜伏期は2〜10日と長いです。重症例が多く、症状の持続も長い。発熱は38〜39 ℃以上、下熱までに平均3日程度、下痢は平均1日10回くらい、水様便が最も多いですが、約半数に血便を認め、便性改善までに平均5日、腹痛は半数に悪心、嘔吐を伴います。

【4】病原大腸菌(下痢原性大腸菌)食中毒

 腸管内正常細菌叢を構成する大腸菌とは別に、下痢原性大腸菌は食品衛生法では一括して病原大腸菌と呼ばれますが、下痢を起こす機序も臨床像も異なる次の4種類が含まれます。

すなわち、

病原性大腸菌(enteropathogenic E. coli:EPEC)、細胞侵入性大腸菌(enteroinvasive E. coli:EIEC)、毒素原性大腸菌(enterotoxigenic E. coli:ETEC)、腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic E. coli:EHEC)です。

これらの大腸菌は特定の血清型に該当し、主に家畜や食肉に由来する食中毒を起こし、中にはヒトからヒトへの二次感染を疑われるものもあります。

病原性大腸菌:汚染された食品を摂取後、菌は小腸粘膜上で増殖し、上皮細胞に侵入しますが、細胞内では増殖しません。  

臨床像:サルモネラ症様の下痢と腹痛を主症状とする急性胃腸炎を起こし、発熱や嘔吐を伴うこともありませす。

細胞侵入性大腸菌:大腸粘膜上皮細胞に侵入し、増殖します。

臨床像:定型例では腹痛、発熱と赤痢様の粘血便や膿粘血便を呈します。

毒素原性大腸菌:小腸に定着、増殖して易熱性エンテロトキシン、耐熱性エンテロトキシンのいずれか、または両者を産生します。話題の病原性大腸菌O157はここに入ります。

臨床像:下痢を起こし、腹痛を伴うこともありますが、発熱はありません。症状の持続は2〜3日程度で、重症例ではコレラ様ですが、通常は水様便ないし軟便で、水系感染が多く、海外旅行者下痢症の原因菌の首位をも占めています。

腸管出血性大腸菌(ベロ毒素産生性大腸菌):志賀毒素様のベロ毒素を産生し、二次感染もみられます。

臨床像:潜伏期は平均4〜8日と長く、腹痛は初期から激しく、下痢は初期には泥状、水様便で、1〜2日後に出血性大腸炎を起こし、鮮血様の血性となります。下痢が始まって8日前後に溶血性尿毒症性症候群を続発することがあります。軽症例では水様性下痢あるいはほとんど無症状のものもあります。

【5】ウェルシュ菌食中毒

 本菌はヒト・動物の腸管内や土壌中に存在します。食中毒性ウェルシュ菌は芽胞の耐熱性が強く、本菌で汚染された肉・魚介類を加熱調理した後にも芽胞が生存しており、室温保存中に発芽、増殖し、食品とともに摂取され、腸管に達して芽胞を形成します。このときにエンテロトキシンが産生されて腸管壁に作用し、水分の分泌を促進して下痢が起こります。原因食品は肉類、魚介類を含み、調理後数時間以上室温に放置された焼飯、ピラフ、スパゲティ、カレーライスなどで、再加熱しても不十分のものです。

臨床像:潜伏期は8〜24時間、概して軽症で、下痢、腹痛、嘔吐を呈しますが発熱は少なく、経過も短いです。

【6】エルシニア食中毒

 エルシニア・エンテロコリチカは動物の腸管内に存在します。豚肉、牛乳、および排泄物で汚染された地下水・湧き水などから感染し、回盲部で増殖して耐熱性エンテロトキシンを産生します。

臨床像:1〜3日潜伏期の後に発熱、右下腹部痛を伴う終末回腸炎型あるいは下痢を主とする胃腸炎型の症状を呈します。

【7】セレウス菌食中毒  

 耐熱性の芽胞を生成し、自然界に広く存在する腐敗菌です。

臨床像は以下の通りです。

腸炎型:腸管内で増殖した本菌がエンテロトキシンを産生して12時間程度の潜伏期で発症し、腹痛、下痢を主とします。

嘔吐型:調理後室温に放置された焼飯などに増殖した菌から産生された毒素による中毒で、悪心、嘔吐を主とし、1〜5時間程度の短い潜伏期で発症します。

【8】ブドウ球菌食中毒

 耐熱性エンテロトキシンを産生する黄色ブドウ球菌で汚染された食品を介する毒素型食中毒です。ブドウ球菌に感染している傷のある手で握った握り飯などのほか、高い室温に長時間放置された食品に空気中の毒素産生の本菌が落下して増殖し、エンテロトキシンを産生します。

臨床像:潜伏期は短く、数時間で、悪心、嘔吐、腹痛、下痢などの胃腸炎症状を呈します。悪心、嘔吐は1日数〜十数回、下痢は水様性で数回程度、発熱は少ないです。

経過:経過は短く、数日以内に回復します。

【9】ボツリヌス菌食中毒

 加熱不十分な瓶詰め、真空パック食品などの嫌気的条件下で、本菌が食品中で増殖して易熱性毒素を産生します。

臨床像:食品中の毒素は消化管から吸収され、運動神経の神経筋接合部に作用して複視、発語・嚥下障害、四肢麻痺、呼吸筋麻痺などを起こし、重症例では死亡します。わが国では通常E型菌による食中毒がみられますが、まれです。潜伏期は12〜24時間ぐらいです。

【10】ウイルス性下痢症

 小型球型ウイルス(small round virus:SRV)は培養細胞で増殖させ得ない形態学的に類似した数種類のウイルスの総称で、汚染された食物、飲料水などを介して感染すると考えられています。

 潜伏期は通常24〜48時間で、悪心、嘔吐、腹痛、下痢、発熱などの胃腸炎症状を呈し、軽症では1〜2日の経過で改善します。成人では冬期に生カキによって感染することがとても多いです。学童の集団発生は春秋の時期に学校給食に由来するものがみられますが、原因食品は通常カキ以外ですが特定は難しいようです。原因不明とされた食中毒患者検体からしばしばSRVが検出されることがあり、患者の下痢便、吐物からの電顕によるウイルス粒子の直接検出、あるいはELISA,PCR法などによる抗原検出が普及すれば本症患者数はもっと多く報告されることでしょう。

治療は?

 激しい嘔吐、下痢を伴う重症例は水・電解質バランスの改善のための輸液療法が優先される。

 抗菌剤は排菌期間を短縮する。ニューキノロン剤は多くの食中毒菌に対する抗菌スペクトルが広く、特に海外での感染者では複数菌感染もあり、第一選択で用いられます。

 経過が短く、腹痛が強い腸炎ビブリオ中毒などでは抗菌剤よりも強力な鎮痛、鎮痙剤をまず使用します。

 溶血性尿毒症性症候群には血漿交換や血液透析が必要です。

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