ユーじいとトンくんのよもやま話 第1話 (平成14年1月)

  ユーじいとトンくんの新春対談

  「バイオ技術とクローン人間」

 ユーじいは、学童保育に依頼された原稿のテーマを何にしようかあれこれ迷っていたの。そうしたらお正月にお屠蘇を飲み過ぎたせいか、うーん、眠くなっちゃった。

「あれぇ、トンくん、いつから口がきけるようになったの?」

 トンくんはうちの愛犬。ヨークシャーテリアの2才の男の子だ。僕たちは仲良しだから寝るときも一緒なんだよ。

ユーじい 「トンくん、昨年は、嫌なことが多かったよね。ニューヨークのテロ事件、本当にひどかったね。」

トンくん 「なんで人間はお互い殺し合うんだろうね。」

ユーじい 「そうだね。犬はぜんぜん他の犬を憎んだりしないのにね。あっ、でも、いいこともあったよ。トンくんの大好きなイチロー選手が、ア・リーグのMVPに選ばれたよね。それに・・ほら獅子座流星群もあったよ。とっても素敵だったね。夜空に輝く流れ星を見つめていると、宇宙の神秘・僕たちが今、ここいることの不思議を感じるよね。

 よくボクたち、宇宙船地球号に乗ってるなんて言われるけど、この宇宙船、今、人類最大のピンチを迎えようとしているみたい。」

トンくん 「うん、知ってるよ。環境ホルモン、オゾン層破壊による地球温暖化、えぇとそれに酸性雨もあるんだよね。あっ、それから狂牛病も知ってるよ。」

ユーじい 「へぇ〜。トンくんて、一日中寝てるみたいけど、ずいぶんよく勉強してるね。」

トンくん 「一日中寝てるはよけいだよ。ワン。」

ユーじい 「21世紀はバイオの時代だけど、この技術を使って、地球をバラ色の世界に変えられたらいいのにね。トンくん、こんなの知ってる?

人間の全遺伝子暗号(塩基)を読みとるヒトゲノム計画が、2003年頃に完成するんだって。」

トンくん 「ゲノム?」

ユーじい 「ゲノムはね、「生命活動を行う上で必要なすべての遺伝子をもった1組の染色体」と定義されてるんだよ。」

トンくん 「うぅっ、ちょっと難しいね。」

ユーじい 「人間や犬の体の細胞は、2セットの染色体をもっているので2ゲノムをもっていることになるんだよ。

 このゲノムの中身なんだけどね、DNAという物質なんだ。DNAはアデニン、シトシン、グアニン、チミンという4つの塩基(化学物質)の繰り返しの暗号で、ここに遺伝の情報が隠されているんだよ。人間のゲノムはね、30億個の塩基ペアという膨大な数からなっていて。新聞の活字で印刷すると50年分にもなるんだ。」

トンくん 「すっげぇ!」

ユーじい 「そしてね、人間のゲノムには少なくとも3万個以上の遺伝情報が書き込まれていると言われているんだ。」

トンくん 「へぇ、でも、一体どんな意味があるんだろうなぁ?」

ユーじい 「それはね、ボクたちが人間の体の設計図を手に入れたということなんだよ。たくさんの人たちが、遺伝病で苦しんでいるんだけど、治療の大きな手がかりになると思うよ。それから、癌や老化もヒトのゲノムと密接に関係してるから、近い将来、癌の患者さんにとてもいい治療ができたり、もしかしたら人間が年をとらなくする技術も開発されるようになるかも知れないね。その第一歩というわけさ。」

トンくん 「ふう〜ん。」

ユーじい 「トンくん、クローンって聞いたことあるでしょ。ゲノム操作の中でもクローンの技術は、今一番クールな話題さ。クローンというのはね、もともとはギリシア語で小枝という意味でね、植物の「さし木」のことだったんだけど、現在は生物学で、遺伝的に同じ生物を作ることを言うんだよ。
 クローンにはね、受精卵クローンと体細胞クローンがあるんだ。受精卵クローンは、もともと1個の受精卵を分割して作るんだけど、これはね、人工的に、一卵性の双子ちゃんを作ってるのと同じで、技術的には、そんなに難しくないんだよ。
 ところが、どっこい。体細胞クローンというのがすごいんだ。
羊のドリーちゃんって聞いたことあるでしょ。」

トンくん 「うん、うん、知ってるよ。有名だもん。 ドリーって名前ね、親のおっぱいの細胞から作られたんだって。だから、おっぱいの大きな、超セクシーな映画スター、ドリー・パートンにちなんで名づけられたんだよ。」

ユーじい 「(^_^;)うっ、トンくん、子犬のくせに、随分おませだね。」

 

トンくん 「ボクは犬の年では2才だけど、人間では18才、立派なオトナさ。だから、その「トンくん」っていうの止めてよ。これから「トンさま」って言ってよ。」

ユーじい 「はい、はい、トンさま。トンさま。ところで、なぜドリーの誕生はこれほどまでに注目を集めたのかというとね。それは、ドリーちゃんが従来の受精卵クローンの技術とは大ちがい、すごい技術を使って作られたからなんだよ。」

トンさま 「へぇ〜、どこが違うの?」

ユーじい 「今までの受精卵クローンでは、遺伝情報の半分は母親の卵子由来のものが混じってしまうんだ。ところが体細胞クローンでは、すでに大人になった動物から、ほんのちょっとだけ細胞を切り取り、その細胞から取り出したDNAを、核を取り除いた卵子に注入して育てるんだ。そうすると受精卵クローンでは不可能だった親と完全に同じ遺伝情報をもった動物を、ドンドン作ることができるようになるんだよ。」

トンさま 「う〜ん、わかったような、わからないようなぁ〜。(^_^;)」

ユーじい 「ずばりこういうことさ。ここに牛を飼っている牧場があるとするでしょ。たとえば松阪の和田金牧場なんかどう。あそこの霜降りのヒレ肉はねぇ、とっても柔らかでジューシィなんだよ。うぅ〜、涎出てきちゃった。ところがね、常連さんでも一人、一枚しか頼めないんだ。ン万円払ってもだよ。それだけ、生産するのが難しいんだね。こんな肉質のよい雄牛から子どもを得るためには、別の雌牛と交配しなければならないよね。ところが受精卵クローンを作ったとしても、両親の遺伝子情報が混じり合う限りは、どんな品質の牛が生まれるかはわかんないよね。受精の段階で、すでに決まっている品質が、いいものかどうかわからない 以上、そのクローンをたくさん作る意味はないよね。
 そこで、体細胞クローン牛の登場さ。とっても品質のいい親牛が一頭いれば、全く同じ品質のクローン牛がじゃんじゃん作れるんだからね。

トンさま 「ふぅ〜ん、すごいね。ユーじいは、そんな高いお肉食べたことあるの?」

ユーじい 「へへへ、実は1回だけどあるのさ。だからこの対談を読んでくれてる人たちに自慢したくってこんな例をひいちゃった。(^^;) 」

トンさま 「ふ〜ん、やっぱユーじいらしいよ。」

ユーじい 「ところで体細胞クローンの技術を使うと、他にもいろんなことができるんだよ。再生医療といって、おっちょこちょいのトンくんが・・、あれ、やっぱりトンくんの方が言いやすいよ。」

トンさま 「じゃ、しょうがない。それでいいよ。 (=_=)」
ユーじい 「そのトンくんが交通事故で片足をもし無くしたら、トンくんの他の細胞をほんのちょっと取って、それから無くなった足と同じものを作って、まるで壊れたラジオの部品を交換するように治すことができるようになるんだ。」

トンくん 「エー、気持ちが悪いなぁ。自分の足が、研究室の実験フラスコの中で育ってきて、それを自分の体につなぎあわせるなんて! そんなのありぃ?」

ユーじい 「そうだよね。人間の体を、勝手にロボットのように作って、必要な部分だけを使って、残りは、ゴミ箱へ捨てるなんて、考えただけでも気持ち悪いね。また、こんなのは序の口でさ、例えば、亡くなった有名人で、死体を冷凍されてる場合があるでしょ、その体の一部から、見た目は、まったく同じ人をコピーで作るなんてこともできるんだよ。イラクのフセイン大統領と同じ顔のコピー人間を、何人も作れば、影武者には使えそうだね。」

トンくん 「へぇ〜。気味悪いなぁ。もしフセイン大統領と同じ顔のコピー人間だったら、まったく同じ考え方をするのかしら。」

ユーじい 「うん、それはいい質問だ。見た目は同じように見えるけど、やっぱり違うんだよなぁ。人の性格は遺伝による部分もあるけど、多くは、生まれた後の経験によるんだ。それから、記憶だって生まれた後から得られるものでしょ。だからクローン人間といえども、やはり性格は、かなり違うと考えた方がいいと思うよ。
あぁ、ちょうどいい例として、一卵性の双子ちゃんを考えてごらん。見た目は、ほとんど同じようだけど、それぞれに個性があるから、決して同じ性格じゃないよね。」

トンくん 「ふぅ〜ん、なるほどなぁ。じゃぁ、クローン技術を使って、永遠の若さを保つなんていうのは、どうなんだろうね。」

ユーじい 「そうだね。例えば、ここに広末涼子ちゃんががいるとするでしょ。」

トンくん 「えぇっ何で、ここに広末涼子が出てくるの? さてはぁ・・・。(^o^)」

ユーじい 「 (^^;)(顔ポッと赤らめる)
        えへん、喩えばって話! 
         涼子ちゃんって、今21才だよね。」

トンくん 「へぇ〜、よく知ってるねぇ。(^-^) ボク知らない。」

ユーじい 「あのぉ〜(恥ずかしそうに)、もしも涼子ちゃんが永遠に21才でいようとして、クローンを作っても、クローンが生まれた時はやっぱり赤ん坊なんだよ。(独り言:赤ちゃんの涼子ちゃんも可愛いだろうなぁ・・)クローンの人間も普通の人間のように成長するので、永遠の若さを保つことはできないんだ。21才の体を保とうと思えば、毎年1人づつ新しい涼子ちゃんクローンを作らなければいけないでしょ。しかし、そうしてできたクローンも、涼子ちゃん自身とは別の人間で、性格も記憶も違うので、結局は、涼子ちゃんの若さを永遠に保つことにはならないんだよ。涼子ちゃんのそっくりさんが永遠に若いというだけ。もっとも、脳の記憶なんかも、ぜーんぶ、再生できるような新しい技術が開発すれば、クローン人間に記憶を、すべてインプットし、永遠の若さを手に入れることも可能かもしれないね。それはクローンとは、また別の技術ということになるね。」

トンくん 「じゃ、永遠の若さは無理にしても、コピー人間が将来登場するかもしれないね。」

ユーじい 「そうなんだ。もしもこんな技術が、日常的になれば、子どもを亡くしたお母さんが、亡くなった子どもの体の一部から、新しいコピー人間を作ってもらい、コピー人間の方を、死んだ子の代わりに可愛がるということも起こりうるね。もちろん、亡くなった子どもの存在が抹殺されてしまうことになるんだから大きな倫理的な問題だよね。

 だから日本では2000年にクローン人間作りを禁止する法律を作ったんだよ。ただ全面的に人の胚(赤ちゃんの芽)を実験に用いることができなくなると、これからの再生医療ができなくなっちゃうんで、臓器移植の場合に限って認めることにしたんだよ。

 最近、ES細胞というのを新聞で盛んに目にするでしょ。これはね、人の臓器移植を目的とした「人の胚」からの細胞なんだ。ES細胞はね、胚性幹細胞(Embryonic Stem Cell)ともいわれ、体を作るいろんな細胞に変身できる能力を持っているんだ。このため、けがや手術などで失った臓器をES細胞から作った臓器で補うというのが再生医療というわけさ。

 こういうバイオの技術が、夢の新技術になるのか、神を冒涜する悪魔の技になるか、最後は、ボクたちの価値観の問題になってくるよね。」

トンくん 「ふ〜ん、なるほどね。」

ユーじい 「将来、君たちの中から、こんな新しいバイオ技術を使って、瀕死の地球を緑一杯、希望一杯のステキな地球に再生してくれる人が出て・・・うぅっ、何か冷たいな。

 居眠りから目覚めたら、トンくんは、ユーじいの鼻をペロペロ舐めていた。」

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