ユーじいとトンくんのよもやま話 第2話 (平成15年1月)

ユーじいとトンくんの新春対談

『生命(いのち)のハーモニー』

ユーじい 「トンくん、何してるの?」 
「あれぇ、またテレビゲームかぁ。」

 トンくんは、ユーじいの家で飼っているオスのヨークシャテリア。ユーじいと話ができるんだよ。かわいいんだぁ。寝るときも、いつも一緒なんだ。

トンくん 「だってぇ、つまんないんだもん。」トンくんが仏頂面で答える。

ユーじい 「ふぅ〜ん、そうだね。最近どこにも行ってないから。じゃぁ、ちょっと奮発して温泉にでも行こうかぁ。」

 信州は、白骨温泉。山深い谷間に湯煙がのぼる。

トンくん 「う〜ん、いい気持ちだねぇ。やっぱり露天風呂は最高だよ。」

 露天風呂につかりながら満天の星空を眺めていると、オリオン座が誇らしげに見える。オリオン座の三つ星の下、ちょうど勇者オリオンのおへそのあたりには、雲みたいにボーッとしたオリオン大星雲も見える。

ユーじい 「トンくん、見てごらんよ。あれがオリオン大星雲といって、あの中では星の赤ちゃんがたくさん産まれているんだよ。」

トンくん 「えっ、どれどれ。おぉっ、すごいねぇ。」

 また指さした。

ユーじい 「ほら、あそこに6、7個 明るい星が見えるでしょ。あれがスバルなんだよ。」

トンくん 「へぇ〜、ユーじいのカラオケの十八番のやつかぁ。」

 冬の露天風呂の湯煙を通して、たくさんの星が輝いている。そのなかにも、われわれの太陽と一緒に生まれた星たちが、どこかに輝いているに違いない。

ユーじい 「ユーじいはね、この星空を眺めていると、いつも不思議に思うんだ。この広い宇宙、いったい誰が作ったのかなぁなんてね。」

トンくん 「へぇ〜っ、ユーじいって顔に似合わず意外とロマンチックなところもあるんだね。」

ユーじい 「天体望遠鏡ではね、今から何億年も前の、ズッ〜と昔の光を見ることもできるんだよ。そして、そこではね、星が生まれたり、死んだりする、とっても大きなスケールの輪廻転生(りんねてんしょう)が繰り広げられているんだよ。その壮大な輪廻の中で、ボクたちの太陽や惑星が生まれ、その中の一つに地球があったんだ。地球で生命が誕生したのも、ズッ〜と昔なんだよ。その後、その生命が進化して、今の地球の生き物になった。トンくんもユーじいも同じさ。宇宙のほとんどの星が生命にとって、とっても厳しい環境にある中で地球に緑の植物が生い茂り、生命が存在するようになったのは奇跡に近いんだよ。」

「広大な宇宙の中で、ポツンとボクたちが生きているだと思うと、ユーじいはね、今この世に生きていることの不思議さ、愛おしさを感じるんだ。」

ユーじい 「何か大きなものに自分自身が生かされているんだと思うよね。」

トンくん 「生命って大事なものなんだね。」

トンくんも、さぞ納得したように言った。

ユーじい 「そうさ。テレビでは連日のようにテロや戦争のニュースが流れてるし、テレビゲームでも相手を殺したりするシーンがやたら多いよね。そんな中で、ボクたち、ともすれば、生命のかけがえなさを忘れてしまってるように思うんだ。友だち同士でいじめをしたりするのも同じじゃないかな。」

「トンくん、知ってる? 今こうしてボクたちが、お風呂に入ってのんびりしているときでさえも、トンくんと同じくらいの年の子供たちが、一所懸命、病気と闘ってるんだよ。」 

「いつも、この時期になると思い出すことがあるんだ・・・。」

トンくん 「へぇ〜、どんなこと。」

ユーじい 「ユーじいが、大学病院に勤めていた頃のことなんだけどねぇ。小児科病棟にはね、たくさんのガンの子供たちがいたんだよ。その中に雅子ちゃんという、とってもかわいい女の子がいてね、ピアノがとっても上手だったんだ。将来ピアニストになるのが夢だったんだよ。『雅子、小さなピアニスト』(朝日新聞出版)」

「ユーじいが雅子ちゃんの病室に入っていくと、雅子ちゃんは手鏡を持っていた。」

「そこでユーじいは、思わず言っちゃった。『へぇ〜、雅子ちゃんもお年頃だから、鏡を見てお化粧かな?』」

「雅子ちゃんは、黙ってニコニコしてるんだ。そのあと、お母さんが、つけ足してくれた。『鏡で、窓の外の景色を見るのが好きなんですよ。』」

「ユーじいは、窓の外を眺めてみた。何てこともない、いつもの冬景色だ・・・。」

「このあと、ハッと気づき、自分の思慮のなさが恥ずかしくなった。そうだったんだ。雅子ちゃんは、ここんところ、ずっと抗ガン剤の治療で、体が弱ってるから、起きあがることもできないでいるんだった。手鏡に映し出される、ほんの小さな灰色の空や枯れきった木の梢が、この小さな子の闘病生活の慰めになってるんだ。同じ年頃の女の子だったら、今頃、お母さんと一緒に、クリスマスの支度にデパートでショッピングを楽しんでるのに・・・。」

「雅子ちゃんは、ユーじいが主治医だったんだけど、治療のかいなく11才で亡くなった。とってもがんばり屋で、苦しい抗ガン剤の治療や痛い検査にも、一度も泣き顔を見せることなかったんだよ。」 

「ユーじいは、何度も何度も自分に問い返した。」

「懸命に生きようとしている、こんな心のきれいな女の子を、神さまは、どうして助けて下さらないのだろうか。聖書の中で、イエスさまが、病気の人を治したことが、ちゃんと記されているのに・・・。」

「ある教会の神父さまがおっしゃるにはね、『神さまは、すべての人を愛して下さっているから、知らないうちに、ボクたちの手を通して、その人に一番いい方法を行ってくださっている。病気で死ぬことは、とてもつらいけれど、神さまは、その死をも超えた、その人に一番よい お取りはからいをしていらっしゃる。』というんだ。」

「ユーじいは、この教えが本当に正しいのかどうか、この年になってもまだよくわからないでいる。でも相手の気持ちになって優しくしてあげるこは、かりに神さまを信じてなくてもできることだと思うんだ。」

「トンくんは、『葉っぱのフレディ』という絵本を読んだことがあったよね。この本を読んだからといって愛する人と別れる その悲しさが薄
れるわけじゃないよね。


でも、死は、どんな人にもいつか必ず訪れることや生き物たちがこの世に生をうけ、その生をまっとうした後に死ぬことを、トンくんたちが少しでも理解できたら、自分の生命はもちろんのこと、自分の愛する人や隣りの人、身近な動物や植物でさえ、生命がとってもかけがえのない大事なものとして、心に響いてくるようになると思うんだ。」

「ユーじいが最近読んだ本でね、『天使のいる教室』(宮川ひろ作 童心社)という本なんだけど、これは小学生の低学年向けに書かれた本だから、トンくんも読んだかも知れないね。


病気で目までも見えなくなってしまった主人公のあきこちゃんがクラスのみんなに一所懸命クリスマスの招待状を書いたんだよ。きっとものすごくクリスマス会を楽しみにしていたんだよね。でもそのクリスマス会の前に亡くなってしまい、「あっこ星」になって天へ上っていってしまうというお話なんだ。」

トンくん 「うん、読んだ。読んだ。学校の図書室にあったからね。読んでるうちに あきこちゃんが、とってもかわいそうだと思った。でもクリスマス会は開けなかったけど あきこちゃんの気持ち、クラスの友だちに、きっと伝わってると思うよ。」

ユーじい 「うん、そこなんだ、クラスのみんなが、あきこちゃんに早く元気になってほしいって気持ち伝えられただけじゃなくって、反対に、あきこちゃんも、健康なクラスメートに、生きるすばらしさを伝えてくれたんじゃないかな。」

 「もう一冊、こんな本も読んだんだけど、トンくん読んだ? 『種まく子供たち』(ポプラ社)という本なんだけど、編者の佐藤さんが言ってるんだ。『闘病している子供たちが、世の中にたくさんの「種」をまきつづけてくれている』ってね。『元気の種、勇気の種、思いやりの種・・・。そして、どの子供も野の花のように凛としてしている。その種がいつか芽ばえ、たくさんの人の心のなかで育つことを願って、書名にした』んだって。

 「病気の苦しんでる人たちから、逆に「生きる勇気」をもらってるなんて不思議だね。」

ユーじい 「星空を眺めるとき瞬く星のどれかが、雅子ちゃんなのかなぁなんて思うときもあるよ。人の一生は永遠の前の一瞬に過ぎないと知ってはいるけど、その一瞬が、どれほど輝いていて、大切なものかとしみじみ感じるんだ。」

トンくん 「うん、生命が大切なわけ、ちっぴりわかった気がしてきたよ。」

 

 


関連サイトへのリンク
輪廻転生:生き物が生きては、死に、また生まれ変わっては、またやがては死ぬ。これを限りなく続けていること。

「葉っぱのフレディ」:アメリカの哲学者バスカーリア教授が、木の葉っぱのフレディや友達の葉の四季の姿を画きつつ、子どもたちやその両親、さらに祖父母へ「生きていくこと」の意義を示唆する絵本です。いのちの旅・・・ という副題がつけられたこの短い絵本は、「死」についてやさしい言葉で説かれています。「死」について思いを馳せる時、あたりまえのようにそこにあった自分の生が再び鮮やかによみがえってきて、それがとても尊いものであることに気づかせてくれているようです。