野球と其害毒論
ユーじい 「フム、フムなるほど。」
トンくん 「インターネットを見ながら、一人で なにニヤニヤしてるの?」
ユーじい 「あぁ、トンくん。このページを見てみて。あの朝日新聞が1911年に大々的に野球害毒論の連載をしていたんだって。」
トンくん 「へぇ〜、ずいぶん昔のことだねぇ。どんなこと書いてあるの?」
ユーじい 「当時、野球が日本に入ってきて間もない頃なんだけど一大ブームになったんだ。世の見識者といわれる人たちが、口々に、野球に興じる子どもたちを見て「野球は脳に悪い」とか、「健全な発育に悪影響を与える」なんて もっともらしく論じていたんだよ。」
ホラ、ホラ、これ見て。
『野球という遊戯は悪く言えば巾着きりの遊戯、対手を常にペテンに掛けよう、計略に陥れようベースを盗もうなどと眼を四方八方に配り、神経を鋭くしてやる遊びである。ゆえに米人には適するが英人や独人には決してできない。野球は賤技なり。剛勇の気なし。』
(新渡戸稲造第一高校校長)
おおっ、これなんかどう?」
「野球の弊害四ヶ条
一、学生の大切な時間を浪費せしめる。
二、疲労の結果、勉学を怠る
三、慰労会等の名目の下に牛肉屋、西洋料理屋等へ上がって堕落の方
向に近づいていく。
四、体育としても野球は不完全なもので、主に右手で球を投げ、右手に
力を入れて球を打つが故に右手のみ発達する。
(川田府立第一中学校校長)
トンくん 「へへへぇ、三なんか、とっても奮ってるよね。学生の気持ち何となくわかる気がするなぁ。(^_^;)」
ユーじい 「『学童保育』の原稿は800字ということだけど、えぇい、いいか。あんまり面白いので、もう一つ紹介しちゃお〜っと。
「手の平に強い玉を受けるため、その振動が脳に伝わって脳の作用を遅鈍にさせる」
(松見順天中学校長)
どう、これ? 当時としては、最高に科学的な見識だったんだろうね。」
トンくん 「へえぇ〜っ。ユーじいが いつもボクに、『コンピュータゲームばっかりしないで、外で友だちと思いっきり野球でもしろ』と言ってるのとまるっきり反対だ。(驚)」
ユーじい 「そうなんだ。面白いよね。いつの世も新しい遊びに夢中になる子どもを見て、大人たちは、とっても不安になるんだね。」
トンくん 「今のコンピュータゲームと一緒だね。」
「ゲーム脳の恐怖」 ???
ユーじい 「トンくん、この本知ってるでしょ? 『ゲーム脳の恐怖』って本だけどさ。
トンくん 「あぁ、知ってる。知ってる。読んだことないけど、ちょっと前に本屋さんに平積みしてあったよ。」
ユーじい 「日大の森昭雄さんが書いたんだけど「コンピュータゲームをやりすぎると、創造力や理性など人間らしさに関係する脳の前頭前野と呼ばれる部分の機能が低下する」んだってさぁ。これを「ゲーム脳」と呼んでいるんだ。ゲームに夢中になっている子どもたちの脳みその前頭前野という場所でとられた脳波形が痴呆症(認知症とも)の人と同じだと結論づけているね。前頭前野が弱くなると、自己抑制が出来ず、動物的、本能的に行動する。だから最近の子どもたちは、恐ろしいことを平気でやっちゃうというストーリーだね。」
トンくん 「へぇ〜。たまげたなぁ!」
ユーじい 「ううん。そんなに心配しなくて大丈夫。題名がとてもセンセーショナルだったんで買って読んでみたけど、読み進めるうちに「なんでこんな結論になるの?」と首をかしげるところが一杯あったよ。」
トンくん 「へぇ〜、あんなに売れたのにね〜。」
ユーじい 「コンピュータゲームに熱中する子どもたちに不安を覚える社会のニーズにうまくあったんだろうね。
ユーじいも、子どもがコンピュータゲームをやり過ぎると、脳に何らかの悪影響があるんじゃないかなぁと感じるてはいるんだ。はっきりした理由がわかんないだけど。
もう何年も前のことだけど学校健診で小学校へ行ったらね、教室の中にパソコンが何台もあり、子どもたちが、それをいじり回しているんだね。『本当にこんなこと学校で教えることなの?』ってビックリしたの覚えてるよ。ユーじいの頭の中ではパソコンとコンピュータゲームは同一線上にあったからね。」
トンくん 「ユーじいの子どもの頃とは違い、時代が進歩しただけさ。ユーじいの頭は古いんだよ。」
ユーじい 「う〜ん。確かに環境がグローバル化してきたからIT化は必然のことだとは思うけどぉ。」
脳科学ブーム
ユーじい 「最近、空前の脳科学ブームだよね。科学が進み、MRIをはじめPETやいろんな脳の構造や働きを知る機器が開発され、少しずつ脳の中身が解明されてきているんだね。でもそのブームの裏では断片的な事実を根拠に無理矢理 結論づける「とんでも本」がたくさんあるみたいだから気をつけなくちゃね。
そんなわけで、脳科学の立場から ちょっと勉強してみようと思ったんだぁ。
最初に「進化しすぎた脳」という本を読んでみた。これは中高校生との問答形式になっているから、とてもわかりやすく、面白いんだ。大脳の生理について いろんな楽しいことを考えさせながら理解させてくれるよ。トンくんも暇なときに読んみてよ。
「脳は出会いで育つ」は最新の知識を余すところなくキチンと書き記しあって、とても優れた本だと思ったね。著者の小泉さんの学識の深さには脱帽したなぁ。さすがに文部科学省の「脳科学と教育」プロジェクトの統括をしているだけはあるよね。
実は、これからトンくんに話そうとすることは、かなり小泉さんの受け売りなんだよ。ごめんね。(^_^;)」
コンピュータゲームに夢中になるわけ
ユーじい 「それでは、まず最初に『なぜコンピュータゲームに夢中になるか』について ちょっと話しておくね。
トンくんは、おなかがすくとご飯を食べたくなるでしょ。食べると満足感、幸せを感じるよね。生物の長い進化のうちに、生き延びるために絶対必要な行動を促すため、食べたら脳の中で「おいしい」というご褒美を出すんだね。これは脳の報償系の働きなんだよ。この報償系は脳の眼窩野というところにあるんだけど、本来は気持ちを高揚させたり、あるいは、どうしても苦しさを堪え忍んで、生存に有利な行動をしなくてはいけないときベータエンドルフィンやエンケファリンなどの化学物質が分泌されるんだ。「脳内麻薬」といわれることもあるよ。」
トンくん 「えぇ〜っ 麻薬?」
ユーじい 「そうだよ。麻薬って言うと人聞きが悪いけど、生物の進化の過程で自然に身につけたものなんだから、暴力団の資金稼ぎのあの暗いイメージのアレとは違うはずだよ。
ところがどっこい、『脳内麻薬』は本来生きるために必要だったけど、生きるためではないくせに、それだけもらっても快感を味わえるところに問題があるんだね。
こんな実験があるんだ。ある動物にボタンを押させる実験なんだ。ボタンを押しさえすれば「快感」がもらえるようにデザインされているんだ。そうすると、その動物は死ぬまでボタンを押し続けるそうだよ。」
トンくん 「えぇっ、それは大変だ! でも、もしそれが本当なら、美しい景色を見たり、美しい音楽を聴くだけで『脳内麻薬』が出て、うっ〜とり。
『もう抜け出せなくなっちゃ〜うぅ♪』ということになるよ。
ユーじい 「えへへそうかね。恐らく快感という部分では一緒なんだと思うけど。
コンピュータゲームの刺激が強すぎるんだろうね。脳内麻薬の分泌量が多すぎて、子どもの脳では、やり続けることによるマイナスの部分との折り合いをつけれなくなっちゃうところに問題があると思うよ。」
トンくん 「おぉっ、ユーじいの顔、ずいぶんにニヤけてるよ。かなり『脳内麻薬』出てる感じだよぉ。何を考えてるんだかぁ〜。(ため息)」
ユーじい 「あっ、ごめん。ごめん。つい他のこと考えてたんだぁ。(^_^;)」
キレたい気持ちは誰にもある
ユーじい 「トンくん、この詩を読んでみてよ。『脳は出会いで育つ』の一節なんだけどぉ。」
人を 殺さば 八木重吉
ぐさり! と
やつて みたし
人を ころさば
こころよからん
トンくん 「ギョッ、なんちゅ物騒な詩やないけ。」
ユーじい 「ホントだね。八木重吉さんといえば、『秋の瞳』『貧しき信徒』などキリスト教の信仰に裏打ちされた愛の詩で有名だよね。多くの愛の詩篇の中に、この詩を見つけたら、確かにギョッとするよね。」
キレる衝動を制御する実体験
『脳は出会いで育つ』の中で小泉さんは次のように書いておられる。人間なら誰でも、こういう気持ちになる。不遇の中で精一杯生きた敬虔なクリスチャンといえども、そんな衝動にかられることはあるんだ。でも八木重吉さんは『キレない』。その理由は、彼を含め多くのひとの脳には、『キレる衝動』を抑制するものがあるんだ。その抑えるものとは、『実体験に根ざした制御』なんだと言っておられる。
トンくん 「うぅ〜ん、難しいなぁ。」
ユーじい 「こんな例が書いてあるよ。小さな頃、小学校にもっていく筆箱に鉛筆を削る小刀が入っている。ときにはこの小刀で指を切ってしまうことってあるでしょ。指先から真っ赤な血が流れ激しい痛みを伴い、その後も長い間ズキズキ痛んだりするよね。」
トンくん 「うん、あるある。あのときはホントに痛かったなぁ〜。(^_^;)」
ユーじい 「こういう実際の体験が、現実にキレそうになったときの抑止力になるんだそうだ。脳に蓄えられている相手に関するさまざまな情報、そして刺した後の結果を無意識のうちにも想像することが、行動の抑制をしているんだ。無意識のうちにだよ。
これはスゴイことだよね。(^O^)」
トンくん 「へぇ〜、そんなもんかね。(半信半疑)」
脳の構造と実体験による制御
ユーじい 「今回のテーマは脳についてだから、ちょっと脳の勉強をしておこうかぁ。」
トンくん 「ううっ、嫌だな〜ぁ。」
ユーじい 「ちっと難しいけど、なかなか ためになるよ。
ヒトの脳はね、中心の方から外側へ向かってどんどん進化してきたんだよ。中心にある脳幹というところは『爬虫類の脳』ともいわれ、呼吸をしたり、心臓を動かしたりする生命を維持する働きがあるんだ。そのまわりの古い皮質は哺乳類から大きくなった脳で、食欲や性欲など根源的な生きる力を駆動する働きがあるんだ。」
トンくん 「フーン。」
ユーじい 「ホォー、えらく感心してるね。」
トンくん 「なるほどエッチなことを想像したりするのはボクだけかと思っていたけど誰にでも備わっているものなんだなぁ。となるとユーじいにも?」
ユーじい 「えっ、何のこと? むにゃむにゃもじもじ。(._.)」
トンくん 「えへへ〜ぇ。さっきの顔見れば答えなくてもわかってるけどね。(^_-)」
ユーじい 「エヘン、ということでぇ・・。
一番外側の「新しい皮質」は、ヒトだけに極度に発達した脳なんだけど他の動物以上に環境に適合し、よりよく生きるために働くんだよ。トンくんはイヌだから、この部分ではやや劣るかも・・。」
トンくん 「コン畜生!」
ユーじい 「大丈夫。トンくんには、トンくんでね、もっといいとこたくさんあるよ。
(*^v^*)
つまり「新しい皮質」は理性や知性に関係した脳で、動物的な欲望に論理的なブレーキをかける役目をしているのさ。悪いことをしたらお巡りさんに逮捕されるからとか、家族の人が嘆き悲しむから止めておこうって感じかな。これはトンくんでも知ってるよね。今日のお話の本筋ではないんだよ。一方で、ここからが大事なんだけど、
コンピュータゲームの害 その@
(実体験不足による感情制御不能状態)
古い皮質は、情動や欲求、記憶形成などの とても大切な働きがあるんだよ。
特に価値判断や感情が伴うような記憶(エピソード記憶といわれる長期記憶)を作ることに深く関係しているんだ。
それでさぁ、小刀で指を切ったという例の話に戻るけど、指を切って、とっても痛かったぁというエピソード記憶は、ず〜っと長く記憶の中にしまわれ、当の本人も知らないでいるんだ。それが、キレそうになったとき、無意識のうちに目覚め、実際の殺そうとする行動を抑制するといわれている。これが古い皮質の大切な働きなんだ。
そして小泉さんは、実体験に根ざした制御の大切さを、この点で言っておられるわけだ。(^_^)v
バーチャルな世界では、たやすく相手を殺すシーンが一杯あり、ボタン一つでいとも簡単に相手を倒すことができる。このため長時間コンピュータゲームに触れると実際の行動パターンもバーチャルな内容に近づいてくるんだ。痛みの実感を伴わない殺人が簡単に行えちゃうんだね。」
コンピュータゲームの害 そのA
(セロトニン不足説)
ユーじい 「小泉さん以外に有田さんという方も「コンピュータゲームが体に悪い」と言っておられるよ。
人がキレそうになるとき、脳の中ではキレる直前になると怒りを抑えるプロセスとしてセロトニンが分泌されるんだ。このセロトニンは感情を抑制し、興奮した脳を鎮める働きがあるんだよ。だから普通はキレずにすませることができるんだ。
ところがコンピュータゲームを夜遅くまでして、次の日には起きられないような不規則な生活を長く続けていると、このセロトニンの分泌不足が起き、その結果として感情の抑制が効かなくなり、ついにはキレてしまうんだって。
実際にユーじいもうつ病やパニック障害の患者さんに、セロトニンを増やす薬を、よく使っているから何となくそうかなぁと思っちゃうけどね。」
コンピュータゲームの害 そのB
(関係存在の希薄化)
ユーじい 「他に考えられる害としてはね。夜遅くまでコンピュータゲームにのめり込んでいると関係存在が希薄化して生きるエネルギーが失われると思うんだ。」
トンくん 「えぇっ、どういうこと?」
ユーじい 「『他人との交わりがとれなくなってしまう』と言い換えればわかり易いかもね。でも関係存在は、もう少し意味深い心理学的な言葉なんだ。『人との交わりの中で見いだすことができる自分の存在』というような意味だろうね。
そうだ、去年、話したこと覚えてる?(トンくんとのよもやま話C)ホスピス医として、働いている小澤竹俊さんの著書『苦しみの中でも幸せは見つかる』の中の言葉なんだけど『生きようとするエネルギー』となる最も重要なもの、それが『関係存在』。ホスピスでは、身の回りの世話をしてくれるスタッフが、自分の苦しみを理解してくれていると思うだけで、死への不安がスゥーっと軽くなるんだって。
子どもも友だちや先生、そして親に愛されている実感、信頼されているという実感。社会への役立ち感。そういう、いい「関係存在」が、恐らく新しい皮質から古い皮質に作用して、希望をもって生きようとするエネルギーを作っているんだろうね。
ところが、実際には、コンピュータゲームばかりして日常生活がおろそかになると、そんな『関係存在』が希薄になり生きるエネルギーをなくしてしまうんだ。」
おわりに
ユーじい 「トンくんにもユーじいにも二つの目があるし、お鼻もあるよね。それから時間がくるとおなかが空いたりする。それから朝起きると、お母さんに「おはよう」って元気に挨拶をしたりするでしょ。これらは実は生物の長〜い歴史の中では ごくごく自然のことなんだよ。生き物が、教えられなくても愛情を自然に感じ、それを表現する。これも とっても自然なことなのさ。」
トンくん 「そんなこと知ってるよ。朝起きたら まず第一にフローラ(トンくんのママ)に必ずペロペロしてるよ。」
ユーじい 「うん、うん、それはエライ、エライ。面白いことにはね、その何十億年の生物の進化を、一つの生物の生まれてから死ぬまでの一生の中でも見ることができるんだよ。
生まれたばかりの脳は、初めに@本能的な部分が完成し(古い皮質)A欲求が芽生え(古い皮質)、そのうちB自己抑制を身につけ(古い皮質と新しい皮質)、C知識を吸収していく(新しい皮質)。この自然のプロセスをもっと大事しなければならないと思うね。
人工の物やバーチャルな世界ばかりに浸っているんではなく、ときにはちょっとの怪我も気にしないで、できるだけ自然の中で泥まみれになりながら夢中になって遊ぶ。そんな機会を増やし、生身の人と人との触れ合い、ぶつかり合いといった実体験を豊富にする。そうした中で、心の奥底から、湧きあがる意欲、そう情熱が生まれてくるんだと思うよ。」
トンくん 「おぉっ、ユーじい、いいこと言うね。」
ユーじい 「へへへぇ。これは小泉先生の受売りだけどね。(^_^;)
ところが実際には、学校でも家庭でも、目先の知識教育に偏りがちになり、古い皮質との連携をきちんと育てる前に、新しい皮質にどんどん情報を入れてしまう。そういう意味で小学校からの英語導入やIT教育が本当に必要か、もっと議論が必要だね。
経済的な国際競争力をつけるという観点からは、必要とは思うけど・・。(^_^; )
人はホリエモンをITの覇者のように言うけど、実は時代のあだ花に見えてしょうがないときがある。
トンくんがさ、以前に教えてくれたでしょ。ミヒャエル・エンデの「モモ」の時間泥棒の話。幸せになると信じてコマネズミのように走り回り、道端に咲く美しい花にも目がとまらない・・。
今の親御さんを見てると、朝、子どもを送り出し、働きに出かけ、塾の送り迎え、夕食の支度・・・分刻みの忙しさ。そんな中で、コンピュータゲームを含めいろんなメディアが親子の一番大切なはずのふれあいの時間に、知らないうちに澄ました顔で入り込んでしまっている。
最後に 最近 心ある大人たちは、子どもたちのためにいろんな試みをしているのを紹介しておくね。
『ノーテレビ・ノーゲームデーへの取り組み』や「.絵本の読み聞かせ」だよ。とてもステキな活動で応援したいな。
ほら、見てごらんよ!
冴えわたる冬空にキラキラと輝く無数の星。この星を見ていると、自然の広大さ計り知れない奥の深さにただ感嘆するよね。
38億年前に生まれた、たった一つの生命体が、今や三千万種以上もの生物に分かれて、そしてその一つがトンくん。そしてもう一つがユーじい。今日、このかけがえのない二つの生命体が巡り会い、そして、話をしている。とっても不思議なことだね。
せっかくの輝く命の出会い、もっともっと大切にしたいな。」
トンくん 「ワン。(*^v^*)」
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