ユーじいとトンくんのよもやま話 第8話 (平成21年1月)

「子どもたちの輝く未来のために」
 〜 脱ゆとり教育の先を見据えて 〜

  昨日から降り続いた雪も ようやく止み、赤いサザンカの花には、白い粉雪がキラキラ輝いている。

トンくん 「おぉっ、いい匂いだね。」
ユーじい 「スモークサーモンを作ってるんだよ。スモークは、やっぱり冷薫やね。冬のすっごい寒〜いときに庭先で何時間も燻す冷薫は最高。スモーカーから出る、燻煙を見てると、つかの間の別荘気分が味わえるわぁ。まだ十分燻してないけど、トンくん、ちょっと食べるけ?」
トンくん 「おいしい!」
ユーじい 「そうだろぉ。」(満足げ)

子どもたちを取り巻く環境の変化
トンくん 「ところでユーじい、何 感心しとるがぁ?」
ユーじい 「これはね国別ランキングなんだ。最近この手の本がよく出版されてね。変化の激しい時代だから、自分がどんな世界で暮らしているのかわかって、とても面白いよ。
トンくん 「たとえば・・?」
ユーじい 「たとえば・・、国内総生産GDPは、2007年の時点では、米国についで世界第2位だね。」
トンくん 「うん、聞いたことある。でもぉ〜、そう言われても生活の豊かさピントこないね。」
ユーじい 「そうなんだ。確かに国と国との比較では、日本は経済大国だって威張れるけど、1人当たりのGDPで見ると、話はぜんぜん違うよ。戦後 日本の経済はね、すっごいスピードで成長したんだ。おじいちゃんたちが頑張ったんだね。ほら1957年から77年までの20年間では、年平均8.27%もの経済成長率。ユーじいは、子どもの頃 池田勇人首相が「所得倍増」を公約してたのを覚えてるよ。68年にはGDP世界第2位に。もちろんこの間、一人ひとりの生活も急激に豊かになったんだ。87年は、日本にとって記念すべき年だったんだ。
トンくん 「なぜ?」
ユーじい 「なぜなら天然資源も少なく、戦争にも敗れた日本が、一所懸命頑張って一人当たりGDPで
世界一に!
これは みんな、おじいちゃんの世代が築いてくれたものなんだ。
以来93年まではね、日本は個人も世界一の豊かさを誇る国だったんだよ。このとき日本は油断したんだね。『仕事や勉強は ほどほどに』なんてね。
ところが…。(-_-;)」
トンくん 「おぉっ、ところがどうしたの?」
ユーじい 「ところが、バブル崩壊があって一人当たりGDPはどんどん落ちてしまう。2007年のデータでは23位、米ドル換算で95年の8割程度に。いってみれば、外国から物を買う お財布の中身が95年の8割程度に目減りしちゃったってこと。
トンくん 「えっ、そうなの!」(焦る顔)
ユーじい 「それに・・」
トンくん 「それに・・、なーに?」
ユーじい 「一人当たりGDPは、あくまでも個々の家庭の年収にあたるけど、お金持ちの家って、年収はそんなに多くなくても親から譲渡された広い土地や株券なんかの資産があって悠々と生活しているでしょ。そういう観点に立てば、日本は、もともと人口の割に国土が狭いから、小さな土地一つ買うにも一生働きづめなんてことが起こりうる。ウサギ小屋に住む仕事中毒workaholicな日本人なんて揶揄されたんだね。
確かに100円ショップで輸入雑貨を買う分には日本も豊かになったなぁと思うけど、生活の真の豊かさは なかなか実感できないはずなんだ。」
トンくん 「な〜るほど。」
ユーじい 「それにGDP 4位の中国は、めざましい発展をとげているいるから、近いうちに日本を追い越すと言われているね。トンくんの生活にすっかり溶け込んだ100円ショップは、中国の人の低賃金労働でなりたっていること知っていると思うけど、今の日本の子どもたちが大人になる頃には、逆に日本から中国に 100円雑貨を輸出しているなんてことにもなりかねないよ。」
トンくん 「・・・」
ユーじい 「それからね、日本では少子高齢化が進んでるから 一人あたりの働き手が養わなければならない お年寄りの数はぐ〜んと増えるんだ。*1これも厳しいよ。トンくん、ユーじいが年寄りになっても ちゃんと面倒見てよね。」

学力ランキング
ユーじい 「学力ランキング(国際学習到達度調査)
*2を聞いたことあるでしょ。
これによると日本の子どもたちの学力が年々低下してきてるみたいだね。

科学ではフィンランドが連続1位。そう言えば携帯で有名なノキアはフィンランドの電気通信機器メーカーだっけ。2006年は読解力で韓国が1位、数学は台湾が1位だね。当時の新聞には「数学・科学応用力 日本続落!」なんて書いてあったよね。

脱ゆとり教育
トンくん 「そうそう これから総合的な学習の時間が減り、他の授業時間が増えたり、内容も難しくなるんだって先生が言ってたよ。*3 」
ユーじい 脱ゆとり教育というやつだね。2002年から完全週5日制の実施や総合的な学習の時間の新設があったのを覚えてるでしょ。*4 ゆとり教育が始まった頃は、『ミスター文部省』と異名をとった寺脇さんが、日本の子どもたちの詰め込み教育を見かねて提唱したものなんだ。けど国際調査結果が公表され、当時の中山文科大臣が学力低下を認めて「ゆとり教育の見直し」を表明せざるを得なくなったんだよ。現場の先生方や親の間でも歓迎と戸惑いがあるみたい。ブレる日本の行政の典型例と言われても仕方がないね。」
トンくん 「へぇ〜、お役所って結構いい加減だなぁ。」
ユーじい 「それはそのとおり。でもそれぞれ一長一短があるから議論が噛み合わないんだね。今でもゆとり教育の理念自体は変わらないんだと思うけど、ゆとり教育のときは、現場の先生方は、総合的な学習の時間の生かし方や削減された授業時間内で勉強を教えることに随分苦労しておられたと思うんだ。そういう意味では逆に、今回の改訂は歓迎されてるかもしれないね。
振るってのはゆとり教育の導入当初、当時の教育課程審議会長だった三浦朱門さんが「曾野綾子(三浦さんの奥さん)が『自分は二次方程式もろくにできないけれども65歳になる今日まで全然不自由しなかった』と言っていた。だから数学嫌いの委員を半数以上含めて数学の教科内容の厳選を行う必要がある。」と発言したんだ。これがきっかけで中学の数学から二次方程式の解の公式が姿を消すことになったというエピソードがあるんだ。

「世の中に絶えて数学のなかりせば私のこころはのどけからまし」 ユーじい

トンくん 「なーに、それ?」
ユーじい 「平安時代の在原業平が桜を想って詠った歌
『世の中に絶えて桜のなかりせば春のこころはのどけからまし』をもじったものなんだ。」
トンくん 「へぇ〜、そうなの。」
ユーじい 「実はね。ユーじいも数学が不得意だったから、三浦さんの言うことも結構わかるんだ〜ぁ。へへへぇ。(^_^;) 」
トンくん 「ユーじいらしいね。」
ユーじい 「でも京大教授の数学者 上野健爾さんが、『学力があぶない』や『誰が数学嫌いにしたのか』*5で反論しているね。 三浦朱門さんの発言をたしなめ、二次方程式の根の公式が、歴史的に如何に発展したかから始まり、考えることの不思議さ、大切さ、そして楽しさを数学が教えてくれると言ってるんだ。面白いのは、『自分は、この年になるまで曾野綾子や三浦朱門の文章を一行も読んだことはなく、そのことで生活に何の不便も感じたことはない。だからといって、それだけの理由で、彼らの文章を初等・中等教育の教科書に取り上げる必要がないと主張すれば暴言の誹りは免れないだろう。芭蕉が詠む「夏炉冬扇」の俳句一つにも言葉に対する感性を鋭くさせ、機知に富んだ味わい深い人間を作ることができるから大切』と言ってるんだ。」
トンくん 「なるほど。三浦さんよりも一枚上手だ。」

子どもたちに本当に求められているもの
ユーじい 「上野さんの発言は、とても示唆に富んでいると思う。今の日本人の子どもたちに、本当に求められているものは、単に勉強時間の長さではないんだ。実際、読解力でフィンランドや韓国が日本を上回る成績をおさめているけど、授業時間を比べてみると、今でも日本の方が両国よりも多いんだって。ユーじいの子どもの頃のように先進国に追いつき追い越せという猛勉の再現が もはや正しい方向とはいえないということなんだろうね。昨年、ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英さんも『本来みんなが持っている好奇心が、選択式テストの受験体制のせいで すさんでいる。教育汚染だ!』と言ってるよ。
今の学校の先生方が、モンスターペアレンツに振り回されたり、雑事に追われ、魅力ある授業作りに専念できないのは文科省の責任だと思うだけどね、単に先生方に期待するだけではいけない、もっと根深い問題点があると思うよ。G8などの先進国ではね、いずれも学力の順位が低くなっているだって。
重要なことは、経済的に豊かな生活が、勉強に向かう意欲を低下させているということなんだ。つまり今の日本の子どもたちに一番欠けているのは勉強への意欲なんだ。いやぁ、生きること、すべてに対しての意欲とも言えるんじゃないかな。」
トンくん 「じゃぁ、どうすればよいの?」

勉強への意欲を引き出すヒントになること
ユーじい 「もちろんユーじいにもよくわかんないけど、大切なことは、フロントランナーとして独自の方法で子どもたちに勉強への意欲をもたせることだ。
たとえばフィンランド*6を例にとって考えてみるね。一人当たりのGDPは、9位で、日本よりずっと上だよ。でも夕方6時を過ぎて仕事をしている人は、ほとんどいないし、商店も土日はお休み。税金は高いかもしれないけど、老後の心配もなく、消費意欲は旺盛。広い家に住み、家族とゆったりと過ごし・・。」
トンくん 「うっぅ、羨ましいなぁ〜。」
ユーじい 「学校の授業についても、フィンランドは、個人主義が徹底された社会のために、一方的にこれをやってきなさいと宿題を押しつけることはないんだって。でも『もっと勉強したい人は、この問題を解いてみたら』って投げかけると、ほとんどの生徒が取り組むんだってね。また日本のような塾や予備校はなく、高校進学は中学卒業時の成績で決まり、自分で卒業成績が低いと思えば、もう一年余計に中学へ通うことも可能だそうだよ。その場合、『落ちこぼれ』と言われるどころか、むしろ『長い期間、勉強した』というとらえ方をされ日本のような受験競争は無縁だそうだ。他人と比較して上とか下とかの考えがないんだって。随分考えさせられるね。」

さらに その奥にあるもの
ユーじい 「昨年のユーじいとトンくんのよもやま話『子どものこころの問題』*7で、生きる力は、@原始的な脳の刺激と、Aアイデンティティと書いたの覚えてる?
アイデンティティについては(アイデンティティ)=(自己愛)+(理想像)と言ったよね。
子どもたち、特に小学生や中学生の子どもたちには、アイデンティティを確立させてあげることが必要だと思う。例えば好きなサッカーを思い切りさせてあげるとかもね。どういうことかと言うと、その子にとってサッカー選手が理想像なんだ。毎日の部活で汗を流して頑張っているうちに徐々にクラブの中の自分が見えてきて、自分がどんな人間であるかわかってくるんだね。真の教育が単なる詰め込み教育と違い、アイデンティティを豊かにし、生きる力を学ばせることにあるんだね。そういう意味で 恐らくフィンランドの教育から日本は教わるものがたくさんある。そして 親が一番しないといけないのことは、子どもたちに夢を持たせて、その実現に向けて一緒に頑張ってあげることかな。

 日本人も まだまだ頑張れるさ。昨年末に日本人がノーベル賞を4人同時受賞の快挙を成し遂げたときは、自信を失いかけている日本人にとって、パッと明るい光がさした気がしたよね。
世の中は どんどん変わっていくけど、日本人としてのアイデンティティを育んでいけば きっと すばらしい日本を築くことができるし、それだけでなく世界を変えて行くこともできるよ。

最近、オバマ次期アメリカ大統領がシカゴで行った勝利演説*8を聞いたけど、話は、ケニアで粗末な小屋に住んでいた父親のことや、イギリス人の召使いだった祖父のことから始まり、現在のアメリカが直面する多くの困難へ。子どもの頃から逆境を乗り越えてきた人だから、一点の翳りもなく、ひたすら希望を前面に打ち出した演説、胸に迫るものがあったね。

 最後に国民総幸福量を紹介しておくね。これは国民総生産(Gross National Product GNP)をもじって、国民総幸福量(Gross National Happiness GNH)と言うんだ。1972年にヒマラヤの秘境ブータン王国で、当時若干16歳という若さの国王が提唱した概念なんだ。 『目的と手段を混同してはいけない。経済成長自体が国家の目標であってはならない。目標はただひとつ、国民の幸せに尽きる。経済成長は幸せを求めるために必要な数多い手段のうちのひとつでしかない。』
その根底にはチベット仏教があるんだけど、ブータン王国は30年経過した今日、年平均7%の高度経済成長を持続させているんだって。

 日本も、金銭的・物質的豊かさだけを目指すのではなく、精神的な豊かさ、つまり幸福を目指すべきときに来ているんだね。」

トンくん 「そんなことできるの?」

ユーじい 「 Yes,we can ! 」


関連サイトへのリンク

【参考文献】
(1) 近未来 日本の人口構成の予想



世界のGDPに占める日本の割合は2005年の7%から2050年には3%に低下し、国際社会における日本の地位は低下すると予想されている。2050年の日本の年齢中央値(総人口を年齢順に並べ真ん中にあたる人の年齢)が56.2歳になるのに、米国は39.6歳にとどまり、少子高齢化の影響のない先進国唯一の「若々しい国」を維持できると予想されている。今はアメリカは経済恐慌に陥っていますが、将来も やはり強い国であることは間違いなさそうですね。

(2) OECD生徒の学習到達度調査(Programme for
International Student Assessment, PISA):OECD加盟国の多くで義務教育の終了段階にある15歳の生徒を対象。第1回調査は2000年、以後3年毎に実施。
2003年のPISAで日本の順位が下がったことが、学力低下の証拠として日本国内で大きく報道された。当時の中山文科相は「学力低下」の方向にあると危機を訴え、学習指導要領全体の見直し、教員の指導力向上、全国学力調査(全国すべての小学5年生と中学2年生が参加)などの改善策を表明した。 
これとは別に、2008年末に「国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)の結果が公表された。この調査は、オランダに本部を置く「国際教育到達度評価学会」が4年ごとに実施。PISAが応用問題中心なのに対し、基礎的な問題を重視している。小学4年と中学2年が対象で、各教科3〜5位という成績に文部科学省は「学力低下に歯止めがかかった」とみているが、子供たちの学力に課題はなお多く、指導の工夫など一層の向上策が必要との意見もある。

(3) 2008年2月15日に文部科学省から、2011年度実施の新しい学習指導要領の改定案が発表された。ゆとり教育の目玉だった「総合的な学習の時間」は削減される一方、授業時間が増え、「脱ゆとり色」が濃い内容になっている。新指導要領は教科書改訂の、小学校では2011年から全面実施されるが、教科書改訂を待たずに2009年から段階的に実施される。
先行実施する内容は、例えば小学校の算数で台形の面積が復活するほか、そろばんを使った計算も充実する。中学理科ではイオンや遺伝子について教える。理数教科以外にも、小学校社会で47都道府県名を地図帳などを使って教える。中学体育の武道必修など、学校の判断で先行実施できる。また道徳教育充実のほか、伝統文化尊重、言語力育成などを盛り込んだ指導要領の総則の内容も先行実施の対象となる。

(4) 1998年(平成10年)〜1999年(平成11年) 学習指導要領の全面改正
(2002年度〔平成14年度〕から実施)
学習内容、授業時数の削減。
完全学校週5日制の実施。
「総合的な学習の時間」の新設。
「絶対評価」の導入。

(5) 学力があぶない (岩波新書) 大野 晋, 上野 健爾
誰が数学嫌いにしたのか ― 教育の再生を求めて   (単行本) 上野 健爾

(6) 比較・競争とは無縁 学習到達度「世界一」のフィンランド 2005年2月25日朝日新聞朝刊

(7) ユーじいのよもやま話(第6話)
「子どものこころの問題」
最近の小中生が「うつ状態」になっている原因に、アイデンティティの欠落(エリクソンE.H.と小此木啓吾氏の説)と原始的な生命の輝きの欠落(自説)があるのでは?というお話。

(8) オバマ演説集 (単行本)
民主党大会基調演説「大いなる野望/The Audacity of Hope」からシカゴでの勝利演説「アメリカに変化が訪れた/Change Has Come to America」まで。キング牧師の「私には夢がある」の名演説から45年。それに勝るとも劣らない、アメリカの歴史の大きな転換期を象徴する演説集。一部を引用すると「文字の読めない子供がいたとしたら、それは私にとって重大な問題なのです。たとえそれが私の子供でなくても。どこかに処方薬の代金を払えないお年寄りがいて、薬代を払うか家賃を払うかを選択をしなければならない状況にあるとしたら、それは私の人生を貧しくします、たとえそれが私の祖父や祖母でなくても」
「 Yes,we can ! 」は、演説集から